日本の問題、疑問点 (Ridiculous things)

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南京事件の資料追加

先日に続いて、見つけた資料をアップします。

 渡部 昇一 上智大教授の見解
・東京裁判が作った大量虐殺「南京事件」は絶対にありえない!
1.30万人大虐殺という数字はありえない。
2.当時蒋介石政府側から何の提訴もされていないのはなぜか?
3.南京攻略当時、現地に入った百人以上の従軍カメラマン・記者・文化人たちがひとりも「大虐殺事件」を報告していないのはなぜか?
 南京はだいたい東京の世田谷区くらいの大きさで、当時駐在していた外人記者の記録では約15万人、一番多く見積もった記事で25万人、そのうち蒋介石軍が3万から5万人の間で、民間人を合わせて20万人前後というのが妥当な数字である。
 日本軍が銃と銃剣だけでどうやって南京の全人口を虐殺できるのか。これは原爆2個くらいでも落とさない限り不可能である。30万人虐殺説はこれはもう、完璧に捏造としか言いようがない。南京城内に30万人も住んでいない。どうやっても証明できるはずがない。さらに陥落直後の人口は約20万人。1ヶ月後は25万人に増えていることが確認されている。陥落直後の人口約20万人から虐殺されたといわれる人口30万人を引くと、マイナス約5万人となる。大虐殺はありえない。(以下略)
 日本は既に国際連盟を脱退していたが、蒋介石政府は日本軍の戦闘行為について細かくあげつらって報告している。内容は、南京空襲で民家を誤爆された、毒ガスを使用された(本当は催涙ガス)とか、その類のものばかり。肝心の南京虐殺は提訴した記録がない
 当時の南京は上海のように国際都市でしたから、各国のジャーナリストたちが大勢いた。それなのに、当時、日本に対して反日的な国々からも正式の抗議はない。南京陥落当時、日本人の取材人も大挙して訪れている。120人もの記者とカメラマンに加えて、大宅壮一、西条八十、草野心平、林芙美子、石川達三といった錚々たる文化人たちも現地にいた。従軍記者、従軍カメラマンは常に前線にいてその部隊の戦況をつぶさに見て報告するのが、義務であり使命である。もし南京占領後、言われているような虐殺があったら120人以上の記者、カメラマン、視察団員たちの目に入らないはずがない。しかるに東京裁判で提訴されるまで、ただのひとりとしてそのような光景を見たと報告した人はいないのである。又一枚の写真も出ていない。従軍記者は全てのメモを紛失した?従軍カメラマンはすべてのフイルムを焼失した?名のある作家や評論家、詩人らはおぞましい日本軍の虐殺行為を知りながら、全員口をぬぐってきたのだろうか?そんたはずはありません。なぜなら、いわゆる南京虐殺はなかったからである
 執拗に”あった”、と言い立てるのは”ナチスの犯罪に相当するものが東京裁判に欲しかった”からです。犠牲者の数は今ではかなり正確に出せると言われているが、あらゆるところに妨害があって未だにあいまい論争のままにしている。もし数が明らかになったら戦勝国は困るからである。東京裁判がまず”集団リンチ”で”裁判に値しない”ことが、愚かな者でも解かるだろうし、民間人の殺戮を意図した東京空襲はじめ60余都市への無差別爆撃や広島・長崎原爆投下という”アメリカの大犯罪”こそクローズアップされてしまうからである。実際問題アメリカは”ひどいことを日本にした”のだ。「30万虐殺という大犯罪をでっちあげないことには、自分たちの犯した罪の意識からのがれられないのだ」。”アメリカはやりすぎた。ひどいことを日本に対してした”と本心では思っている。自らの罪の意識から”30万人の大虐殺”というのをでっちあげて”精神のバランス”を保っているのである。アメリカを追求するしないは置いといて、日本が”自責の念に駆られる”などもってのほかである。
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 ・マギー牧師は南京の国際委員会メンバーであったので、日本軍の占領を監視する必要から市内のどこでも通行することができた。その人物が実施に目撃した「殺人」がたった一件であり、しかもそれが犯罪とはとうてい言えないものであることを知ったとき、私は南京虐殺がまったくのウソであることを確信した。三十万もの「市民虐殺」があったはずはない。その確信は歳を追うごとに強まる一方である。
 ・日本人がナチスと同じ大虐殺者であり、人種差別主義者であるというイメージがユダヤ人の間に定着することは、絶対に避けなければならない。
 ・1927(昭和2)年に起こった南京事件(シナの国民革命軍が日本など各国の領事館その他を襲撃し、略奪・暴行・殺人を働いた事件)でも、裏で糸を引いていたのはソ連から派遣されていたポロジンという革命家であった。国民党の政治顧問をしていたポロジンが、コミュンテルンからの指示にもとづいて南京事件をひきおこしたことは当時から周知の事実である

南京事件

 

さてさて。

実のところはどうなのでしょうかね。



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コメント

全部とっくの昔に論破された主張ばかりですね。
御参考までに。
http://wiki.livedoor.jp/nankingfaq/d/FrontPage

拝見させていただきましたけど、論破というよりは否定意見の揚げ足取りだけですね。

揚げ足取りでなく、ちゃんと論を展開している資料など、もう少しまともな資料があれば拝見したいもと思いますが。

大体「論破されています」、という方のお話を聞いてもほぼ100%反対意見を言っているだけの場合が多いですね。

反対意見を否定することが目的になっている方がよく使うように思います。

もうちょっと、お互いの意見を聞く耳を持ったほうが良いのではないでしょうかね。

「揚げ足取り」と「論破」をどう区別しておられるのでしょうか? そして個々の論点について、なぜ「揚げ足取り」だとお考えになったのでしょうか? もちろん全部とは言いませんから、主要なものについて説明していただければ納得もいくというものですが。

>揚げ足取りでなく、ちゃんと論を展開している資料など、もう少しまともな資料があれば拝見したいもと思いますが。

すでに歴史学者が研究成果を何冊も発表しています。あのFAQは、そうした研究成果を無視してコピペされているネット上の否定論を主として念頭においてつくられているものでしょう。
「資料」とおっしゃるなら、まずは以下のものをご覧になるべきでしょう。
南京事件資料集 1 アメリカ関係資料編,南京事件調査研究会,青木書店
南京事件資料集 2 中国関係資料編,南京事件調査研究会,青木書店
日中戦争 南京大虐殺事件資料集 1 極東国際軍事裁判関係資料編,洞富雄,青木書店
日中戦争 南京大虐殺事件資料集 2 英文資料編,洞富雄,青木書店
続 現代史資料 6 軍事警察,高橋正衛,みすず書房
南京戦史(資料集I、資料集II),偕行社

ちなみに、あのFAQが依拠している資料は他にもたくさんあります。

>「揚げ足取り」と「論破」をどう区別しておられるのでしょうか? そして個々の論点について、なぜ「揚げ足取り」だとお考えになったのでしょうか? もちろん全部とは言いませんから、主要なものについて説明していただければ納得もいくというものですが。

揚げ足取りは言いすぎたかもしれませんが、反論の一つ一つに反証したとしても、危うい反証もありますし、個々に反論しているだけではないですか。

それぞれの疑問てんについては折角ですのでエントリとして書いていこうと思っております。

資料についてですが、
南京戦史(資料集I、資料集II),偕行社
についてはわからないのですが、
それ以外は一次資料ではないですよね。

たとえば、国家、軍、裁判等の公文書等の資料が見たいと思ったのです。

どういったものがあるのでしょうか??
また、どこで見られるのかご存知でしたらお教え願えませんでしょうか。

すいません、お返事が遅くなりました。

>危うい反証もありますし、個々に反論しているだけではないですか。

「個々に反論する」ことのどこがおかしいのでしょうか?「危うい」うんぬんについてはそれこそ「個々に」再反論していただかないと。

>それ以外は一次資料ではないですよね。

それならば『南京戦史資料集』だって一次資料ではありません。編纂資料集ではなく現物を閲覧したいというのであれば防衛庁の戦史室とか国立公文書館とか、陣中日誌を残した元将兵やその遺族を訪ねるなどして閲覧を申し込む以外にないと思いますよ。
東京裁判の資料ならアメリカの公文書館にも所蔵されているでしょう。

もう一つ忘れてました。画像ファイルでよいのであれば「アジア歴史資料センター」で日本政府が保有する資料の一部を閲覧できます。私が自分で見つけたものとしては上海派遣軍(南京攻略戦に参加した軍の一つ)がびらん性ガスを配備していたことを示す資料(レファレンスコード:C01005653700)などがありました。すでに研究者が紹介している資料ですが、第十軍が南京をやはりびらん性ガスで攻撃する計画を立てていたことを示す資料もあります(レファレンスコード:C04120413800)。これらはいずれも「未遂」に終わった事柄ですが、当時の日本軍の「国際法」感覚をよくあらわしていると言えるでしょう。その他、私が実際に目にしたものとしてはC01004436600 、C04120161000、 C04122536200などがあります(いずれも、軍中央が軍紀の弛緩を認識していたことを示す文書)。

あのぉ〜

南京戦と占領については、中国・東京裁判・戦後朝日らマスコミが主張するような「大虐殺」を示す一次資料は皆無であるのは歴史学上の(少なくとも現段階では)一致するところですが・・・。

もし、歴史家が一次資料と正当に評価できる資料があったらご呈示ください>肯定したがる方

一次資料ぽいという程度のものは価値がありませんから。

念のため。

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Οὖτισ ἐμοί γ᾿ ὄνομα· Οὖτιν δέ με κικλήσκουσι
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Od, 9.366-367.

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