ちょっと最近コメントを拝見して、興味持ってしまったので調べてみました。
ちなみに前知識は教科書程度です。
したがって教科書には書かれていなかった所を中心に挙げてみました。
証言編
1971.8.26-11.26 「日本軍虐殺」捏造コラム掲載
「中国の旅」と題する「日本軍虐殺」捏造コラムを計31回連載。著者は本多勝一氏。いわゆる「南京大虐殺」が知られるきっかけとなったものだが、中国政府当局やその恐怖政治の影響下にある人間による「日本軍の蛮行」に関する「証言」を丸写ししたものだった。
後年大量の嘘写真や捏造事例などが暴かれ、本多氏自身も「証言」を丸写ししたものであることを認めている。
朝日新聞
1984.8.4 「南京大虐殺」を捏造
生首のごろごろ転がる写真を「南京大虐殺の証拠写真」とし、南京に入城した元歩兵二十三連隊の上等兵が記したという「日記」を併記して掲載。
これに対して、元歩兵二十三連隊の有志からなる「都城二十三連隊会」が立ち上がった。元兵士の懸命の調査により、1年4カ月後になって、この写真が全く別の場所の写真であることが判明する。「都城二十三連隊会」は記事取り消しや謝罪文掲載の要求を朝日につきつけた。
それに対して朝日は1985/1/22、このような数行のおわび文を掲載した。「(前略)日記は現存しますが、記事で触れられている写真三枚は南京事件当時のものでないことが解りました。(後略)」。全く、元歩兵二十三連隊が南京大虐殺をしていないという記述はどこにもない。「都城二十三連隊会」は更に朝日に対して不信感をつのらせた。
写真の嘘が明らかになったのなら、あとは日記の真偽が焦点となる。例によって朝日は、取材情報源の秘匿を主張し、さんざんゴネた上に朗読まではしぶしぶ行ったが、筆跡鑑定のための開示を拒んだ。
「都城二十三連隊会」は日記の開示を求め、1986/8/22に小倉簡易裁判所に日記保全の申し立てをし、全て開示し写真に取らせよという判決が12/27に下った。が、朝日は取材情報源の秘匿を理由に、福岡地裁小倉支部に抗告し、裁判引き延ばし戦術に出た。最年長の老人は心労のため入院した。今なお朝日は真相を隠蔽している。
朝日新聞
安直に教科書を信じていましたが、思ったより、怪しげな証言が多いのですね。
写真編
南京事件「証拠写真」を検証する
「南京事件」には「虐殺派」と呼ばれる人々がいる。旧日本軍が南京で殺戮、強姦、放火、略奪など悪虐非道の限りを尽くし30万人の中国人を虐殺した、という説をとるジャーナリストや学者である。「南京大虐殺」が史実として定着したのは、本多勝一『中国の旅』(朝日新聞社、1972年)、笠原十九司『南京事件』(岩波新書、1997年)、アイリス・チャン『ザ・レイプ・オブ・南京』(ペンギン・ブックス、1997年)など、そういう人々の功績といっていい。
一方に、東京裁判、中国共産党、大新聞の「大虐殺」説に疑問を抱く人々もいる。阿羅健一『「南京事件」日本人48人の証言』(小学館文庫、2001年)は、その疑念を晴らすために、当時南京にいた日本軍人、外交官、ジャーナリストから直接証言を求めたものである。ジャーナリストの櫻井よしこは、同書に寄せた「推薦のことば」で「関係者の体験談を集めた第一級の資料」と評している。 ひるがえって『中国の旅』『ザ・レイプ・オブ・南京』などが証拠としている写真は、はたして「第一級の資料」であったかどうか。本書の著者、東中野修道たちのグループ「南京事件研究会写真研究分科会」が、平成14年春から3年間をかけて、虐殺派の書物に掲載されている写真を検証しようとしたのは、「大虐殺説」に納得できなかったからだった。
著者たちが見た写真は3万枚を超える。この中から南京事件の証拠とされている約140枚を選び出し、撮影者、撮影場所と時期、キャプション、出所・提供者など写真の特性を洗い出しているが、科学的とさえいえる検証作業の結果、南京大虐殺の「証拠写真」として通用するものは1枚もないことがわかった。
虐殺派が証拠とする写真の源流は『外人目撃中の日軍暴行』(編者は国民政府顧問ハロルド・ティンパーリ)と『日冦暴行実録』(国民政府軍事委員会政治部編)とされている。この2冊は1938年8月、国民政府が戦争プロパガンダ用に刊行したものだった。著者は「私たちは『虐殺があったか、なかったか』を検証しようとしたのではない」と言っているが、写真は必ずしも第一級の歴史資料たりえないことを証明した意義は大きい
商品の説明より
YouTube - NANKING MASSACRE
YouTube - PHOTOS OF NANKING MASSACRE(写真検証)
その他
「レイプ・オブ・南京」下敷き 米で反日史観映画 年明け発表
■AOL副会長制作
【ワシントン=山本秀也】米国の大手インターネット企業「アメリカ・オンライン」(AOL)のテッド・レオンシス副会長(50)が、南京事件(1937年)に取材した映画「南京」(仮題)を制作し、年明け以降、発表する。ドキュメンタリー作品の体裁だが、史実の認定は反日的な歴史観で知られる中国系米国人作家、故アイリス・チャン氏の「レイプ・オブ・南京」を踏まえているとされる。公開されれば来年70周年を迎える同事件や歴史問題をめぐり、日本の国際的立場に深刻な影響を与える可能性もある。
AOLの米国広報では、レオンシス氏による「南京」の制作を確認する一方、同社は制作に関与していないとしている。レオンシス氏は「アガペ」という映像プロダクションを設立し、映画参入の第1作として制作に取り組んでいる。
制作情報をまとめると、「南京」は事件に関連した記録や事件関係者への取材映像に俳優のナレーションを織り交ぜる構成で、「欧米人が語る南京事件」に重点が置かれる。音楽はグラミー賞を受賞したロック界の大御所ルー・リードが担当するという。
作品は来年、米国内で開かれる映画祭で発表の予定だ。米紙ワシントン・ポストによれば、中国市場に向けてDVDの販売が計画されるほか、国営中国中央テレビ(CCTV)が作品放映権を獲得しているという。南京事件に関心を抱いた理由について、レオンシス氏は、保養中に読んだアイリス・チャン氏の自殺(2004年)をめぐる古新聞の記事がきっかけだったと同紙に説明。これまでの報道では、作品がチャン氏の「レイプ・オブ・南京」をベースにした内容となることが強く示唆されていた。
華僑消息筋によると、レオンシス氏は10月末、東部メリーランド州で開催されたアイリス・チャン氏を記念する論文コンテストに来賓として出席し、「南京」の制作状況を報告した。論文コンテストは、米国を舞台に反日宣伝を繰り返してきた中国系組織「世界抗日戦争史実維護連合会」が主催し、論文約430点が寄せられた。
南京事件を扱った映画は、中国、香港でこれまで多数制作された。今年初めに上海紙「文匯報」が、米国のクリント・イーストウッド監督が「南京・クリスマス・1937」を制作すると伝えた話は事実無根だったが、事件70周年を控え、中国内外で新たな作品の制作が伝えられている。
レオンシス氏は、AOLの事業モデルを有料インターネット接続事業から広告収入主体に転換した米国の有力企業人。北米プロアイスホッケー(NHL)の人気チーム「ワシントン・キャピトルズ」のオーナーを務めるなど、娯楽スポーツ分野でも知られる。
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【用語解説】レイプ・オブ・南京
中国系米国人の女性著述家、アイリス・チャン(中国名・張純如)氏が1997年に発表した南京事件に関する著作。同事件で旧日本軍が市民約30万人を虐殺、女性2万人から8万人を乱暴したなどと論じたが事実誤認や写真の誤りなどが多数指摘された。日本語版の出版は見送られたものの、米国内では現在もロングセラーとなっている。
(11/26 10:30)
このアイリス・チャンですが、検索すると
國民新聞(平成10年9月)「レイプ オブ ナンキン」の改竄写真 一挙公開 『The Rape of Nanking』(1997年11月)
アイリス・チャン - Wikipedia
秦郁彦「南京虐殺」“証拠写真”を鑑定する
けっこう問題ありみたいですね。
映画 南京1937
http://www.eiga-kawaraban.com/98/98031702.html
1998/03/17 シネカノン試写室
南京大虐殺を描く歴史大作。プロデューサーはジョン・ウー。
内容的には観てすぐわかる嘘が多い
日中戦争最中の昭和12年、南京陥落後に起きた日本軍による捕虜と民間人の虐殺、いわゆる「南京大虐殺」を、中国側の視点から映画化した作品。この「虐殺」については、戦争中の日本人はまったくその事実を知らず、戦後の東京裁判で犠牲者20万という数が出されて日本人は仰天した。この「犠牲者数」については、今も歴史学者の間で激しい議論が行なわれている。少ない方で2万から6万、徐々に多くなって10万、15万、20万、30万、35万、40万……。中国では犠牲者数35万人というのが歴史的な事実として確定しているらしいが、日本ではそれを事実無根とし「大虐殺はなかった」とする声も多い。とは言え、まったく「虐殺」がなかったという人はおらず、「大虐殺はなかったけど、小虐殺ぐらいならあった」という説が主流のようです。
今まで得てきた知識では私も程度だったのではないかと推測します。
参考
中国人にとっての数字
櫻井さんと中国社会科学院の研究所員とのやりとりの箇所からの引用。
中国人による“数字”について、私は2005年夏、興味深い体験をした。「文藝春秋」の企画で杏林大学客員教授の田久保忠衛氏と共に北京を訪れ、中国を代表する学者2名と共に日中歴史問題について論じたときのことだ。中国側の学者両氏は、歴史問題では日本が悪いとの主張を、表現を変えて繰り返した。私は彼らに、320万人から570万人、2168万人、さらに3500万人へと被害者数が増加した根拠について問うた。さらに、たった一種類しかない中国の国定教科書で、日中戦争の犠牲者は1960年までは1000万人と教えられ、85年には2100万人と改訂され、95年には3500万人と、なんの説明もなく増えていったのはなぜかとも問うた。
彼らは当初、右の問いには全く答えようとせず、話題を他の点に移そうとした。しかし、中国流の事実の歪曲を知るにはどうしても答えてもらわなければならない。三度目に問い質したとき、中国社会科学院研究所研究員の歩平氏が次のように答えたのだ。
「戦争の犠牲者についてですが、歴史の事実というのは孤立して存在するのではなく、それは感情というものに直接関係してくるということを申し上げたいと思います」
馬脚を露すとはまさにこうしたことだ。日中戦争の犠牲者の数の理不尽な増加が国民感情に直結していると言うのであれば、その数は日本への恨みと憎しみの感情表現に他ならず、歴史事実とはなんの関係もない。しかもその恨みと憎しみを愛国主義教育によって植えつけ、増幅させるのが中国の国策である限り、反日感情も、犠牲者数も、その主な部分は中国政府自らが創作したものだと言われても弁明できないだろう。
右のくだりで歩平氏はこうも述べた。
「たとえば南京大虐殺の30万人という数字について、当然、根拠はありますが、これはたんに一人ひとりの犠牲者を足していった結果の数字ではありません。被害者の気持ちを考慮する必要もあります」
中国を代表する立場で、社会科学院の学者が、事実上、南京事件の犠牲者、30万人という数も、事実ではないと言っているのだ。中国国民の感情の反映であれば、この数字もいつの日か、日中戦争全体の犠牲者の数が根拠もなく増加したのと同じく、増えていく可能性はゼロではないだろう
おいおいおいおい。
だから増えたのねと妙に納得。
参考リンク
あやしい調査団盧溝橋へ 4 東史郎展
写真入りでわかりやすいまとめです。
裁判の経過も書かれてありますが、これは「不当な判決」ではないと感じます。